以上の文章は、お得意さんを称える機会に執筆されたもので、おべんちゃら調が少々鼻につかないこともないのですが、中山正善(天理図書館)が日本における最大の稀覯本の蒐集家であったことは争いのないところです。
理由は、彼が蒐集した時代が、終戦後に華族が没落して千年に渡り蓄積されたそのコレクションが市場に放出された我が国の古書籍取引史上の黄金期にあたっていた事でしょう。そして華族が没落し財閥が解体されたこの時代に最もお金を持っていたのが、彼のような新興宗教のトップだったという事なんでしょう。
前に引いた文章がちょうどこの時期の直前で終わってるので、この黄金期以後を扱った別の記述(「天理=ザ・チープ・ライブラリー」)を参考に話を進めてみます (こちらも「天理図書館の善本稀書」所収)。
日本中でみんながお金がなかったこの時期、天理に匹敵する買い手は先にも出てきたタイムズ特派員の英人フランク・ホーレーでした。「善本と見れば種類を問わず、値をいとわず、即座にいくらでも買収するという姿勢」。当時の日本における悲劇的な善本価格の低落を理解していて、その認識の下に徹底して買いに走ったコレクターですが、戦前にはスパイ容疑でつかまっていてその際、蔵書も没収。一時慶応大学に保管された後、終戦後返還されましたが、足りないものが多く「慶応大学に盗まれた」と言っていたそうです。この人に関しては後の『主題補正』でも詳しくやります。
当時の古書業界で「売り手」の筆頭だった反町の認識では、中山正善とこのF・ホーレーに、小汀利得(日経新聞社長)と岡田真を加えた四人が、「買い手」としての「四強」だったとの事です。
その他に挙げている名前としては、池田亀鑑、吉田幸一、前田善子、梅沢彦太郎、戸川浜男、横山重、岡田利兵衛などがあります。
日本の高度成長とともに稀書の価格も上がり、逆に、亡くなった所有者のコレクションは多くが大学や図書館の文庫に入るようになったため、重要なものが市場にも出回らなくなり、黄金時代が終焉します。
「三十年代は、天理が最大の蒐集力を発揮された期間に相当致します。前代に強力なライバルであったフランク・ホーレー文庫は崩壊し了り、岡田文庫は縮小しました。小汀文庫は以前とほぼ同様な意力と経済力とを持続しましたが、別して増加は見られない様でした」
「天理は殆ど無制限に拡がるかに見えました。出発の際は宗教を中心に、民俗・文学等の一部に限り、やがて江戸文学方面に逐次進出しました。その後は拡大に拡大を重ねて、この時期には、純粋な自然科学をのぞいて、東西の人文科学のすべての部門にわたって、善本・良書の集儲に向かう状勢でした」
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