[2] 反町茂雄によるテーマ その2
前掲の引用では、反町は古書籍商としての自分や、最大の蒐集家であった中山正善の活躍した黄金期(昭和20~30年代)に至るまでの時代を回顧しています。
おおざっぱにまとめると、江戸時代最大の存在として加賀百万石の藩主前田綱紀を(またそれに次ぐものとして屋代弘賢・浅野梅堂を)挙げ、近代になってから、明治大正期から昭和の前期までで最大の存在として安田財閥の二代目当主安田善次郎と和田維四郎を(それに次ぐものとして徳富蘇峰とFホーレーを)を挙げています。この文章自体は、この三人と反町自身の最大の顧客であった中山正善のコレクション内容の比較を試みる構成になっています。
前田綱紀、二代目安田善次郎、和田維四郎、中山正善といった日本の稀書蒐集における4巨人のコレクション内容を比較したこの部分は、もうこの人にしか書けない文章で大変興味深いのですが、長くなるので割愛します(「天理図書館の善本稀書」所収)。ただ素通りするのもあれなので、ちょっとエッセンスを抜き出してみます。
Ⅰ 前田vs中山
まず尊経閣の蒐集は国書と漢書に二分される。国書では同時代の大名(徳川光圀、脇坂八雲軒、松平忠房)のコレクションが写本が多いのに比して原本が多く質が高い。
特に物語・和歌・日記が秀抜。然し物語では天理(中山)のスケールには及ばない。歌書では私家集・歌合の古写本では質において天理を凌ぐが、連歌では及ばない。
松雲公が最も力を入れたのは広義の史書だが、多彩豊富さでは天理に及ばない。ただ古記録・古文書では前田が上回る。
神道・仏教関係では天理が上だが、儀式典礼の古書では前田の勝ち。
平安鎌倉から五山版に至る古版本では天理が圧倒的。江戸時代の版本、名家の自筆本でも天理が圧倒的(近世文学には松雲公はほとんど興味がなかった模様)。
国書については以上のとおりだが、漢書では天理は前田に到底及ばない。しかし天理にある膨大な洋書が尊経閣には存在しないのでそれで埋め合わせがつく。
Ⅱ 安田vs中山
安田の蒐集は前半部が関東大震災で消滅したので残った目録の類から較量。前半の蒐集は江戸時代のものが多く、後半はそれ以前のものが中心。
全体として近世文学に特に強い。
後半には漢籍や古写経に興味が進み、特に古写経では天理も及ばない。
豊富な財力を背景に多くの分野を狩猟したが、古文書類には進まなかった。
Ⅲ 和田vs中山
スケール・質・範囲の三点で中山正善に匹敵するのが和田維四郎。
和田のコレクションは興味に従って集めていくというより、最初から科学者の視点でハッキリした意図の下で取捨選択して蒐集しているのが珍しい。原則和書のみで、一部例外を除いて漢書・洋書はない。明治文学もない。
古版本が特に目立つが、古写本の質も秀抜。すべて鑑蒐者の見識を示すもので、和田は中山以前の最高の蒐集家だと評価(反町自身、和田の「訪書余禄」を自費で再版するほど傾倒している)。
Ⅳ
中山正善の蒐集は四者の中でもスケールは最大で数量では図抜けている。総体的に、質の面でも遜色はない。
古写本では前田、和田に勝るとも劣らない。
古版本の質量では、和田、安田に拮抗する。江戸期版本は、安田、和田を抜く。
古写経では安田、和田には及ばず。
古文書でも前田に及ばない。
名家の自筆本でも、特に江戸期のものは安田のそれを凌ぎ、空前絶後。
明治・大正・昭和の稀書珍籍や、洋書では、他の3コレクションはほとんど収集がないので比較にならない。
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