★漂流教室関谷「みなさん、こんにちは。漂流教室関谷です。」
☆純クレ梅本 「純クレ梅本です。今日ご紹介するのは蔵書九万クラスの方です。」
★漂流教室関谷「七万クラス、八万クラスに続き、今回もお一人です。」
☆純クレ梅本 「さすがにここまで本持ってる人となると限られてきますね。」
★関谷「さて、昔東大には学生を前にして『日本でもうじき革命が起こる!』って説く教授が実在するという噂があってな・・・」
☆梅本「それが今日の・・・」
★関谷「そう。それが今回紹介する江口朴郎だ」
☆梅本「今までこのシリーズの蔵書家をみてきた人は分かってると思うけど、9万冊って相当な数ですよ。和書洋書雑誌あわせて90320冊。非図書資料はこのサイトでは入れないことになってますが、これも加えたら10万近いですね。」
★関谷「内訳はどうなってるの?」
☆梅本「えーと 和書10778、洋書726、雑誌78816、非図書資料8330・・・。これ、なんか変ですね」
★関谷「本が1万冊しかないのに、学術誌が8万近くもある。この人はなんでこんなに雑誌持ってんだい?」
☆梅本「この人東京大学の教授なので、基本的な文献に関してはあそこはない物はない筈です。個人で持っておかなければならない特殊な雑誌がはたして8万冊もあるのかしら?」
★関谷「しかしこれだけ情報を集めてて、『もうすぐ日本に革命がおこる』って・・・」
☆梅本「ここの管理人は無教養なので、江口さんの本は中学の時に中公の「世界の歴史14」しか読んでなかったんです。それで今回ブログで取り上げるに際して晩年の本にさっと目を通してみたけど、考え方は60年代後半とあまり変わってなかったって。歴史が大きく動く時期の直前に書かれた本なんだけど」
★関谷「同時期に、同じ共産主義研究の分野のブレジンスキーが書いた本は、直後に共産国家が破たんする事を予言していたというのにな・・・」(注 「大いなる失敗」)
☆梅本「ブレジンスキーって薄っぺらな感じの人だけど予言だけは妙に当たりますね。佐藤政権の末期の頃に日本へ来て「ひよわな花日本」って本書いてそこで将来首相になる政治家を予測してるんです。田中、福田、大平、中曽根とほとんどが的中してる。当たらなかったのは自民党を飛び出た河野洋平ぐらい。」
★関谷「まあブレジンスキーは予言したというよりも、そういう操作をする側の「中の人」だったのかもしれないし・・・」
☆梅本「江口朴郎ってある意味すごく運のいい人ですよね。1989年の三月に亡くなってる。その直後天安門事件が起こり、十一月にはベルリンの壁が崩壊してます。」
★関谷「翌年にはソ連が解体する。社会主義・共産主義の凋落を見ずに死んだ人だな」
☆梅本「死ぬまで夢の中にいた人ですよね。共産社会の実現を夢見てたルイジノーノなんかあの後自殺してるじゃないですか?」
★関谷「お前は共産主義者にはいつも厳しいな」
☆梅本「マルクス主義って経済決定論でしょう? この人はこれだけ資料集めてて、二大超大国とか言われてた冷戦時代もソ連のGNPはアメリカの十分の一以下だったって事を知らなかったんですか?」
★関谷「いや、第三世界でも共産主義への大衆の支持が伸びていて江口はそれを高く評価してて・・・」
☆梅本「この人コミンテルンにも詳しいんでしょう? なら第三世界の左派運動なんか西側の資金がないと」
★関谷「それ言うと陰謀論になっちゃうでしょう! というか、俺が何で江口の弁護してるんだ?」
☆梅本「今回の教訓は、いくら資料を集めたところで、分析する側のメンタルに客観性が欠如していれば全く意味はないという事ですね?」
★関谷「そういう事。 今日ご紹介した方はお一人でした。来週は、いよいよ十万越えの人達が登場することになります。ついにここまで来ました」」
蔵書家たちの黄昏
古今東西の蔵書家に関する常識的な知識をまとめてみたサイトです
Translate
2018年12月25日火曜日
2018年12月23日日曜日
[110] 現代日本の蔵書家8 八万クラスのひとたち
☆梅本「今回は8万クラスです。立花隆さんお一人です。『ぼくはこんな本を読んできた』(1995刊)の頃は三万五千冊ぐらいだったそうですが、『立花隆の書棚』(2013刊)の頃は本人評価で七~八万だそうです。五年前のデータですから8万には届いてるんじゃないでしょうか。というかもっと増えてるかもしれません。新しいデータが出たらまた書き直す。それだけですよ」
★関谷「立花さんといえば、やはりあのネコビル・・・ 『立花隆の書棚』は楽しい本だよ。ネコビル内部の写真がふんだんにある」
☆梅本「ネコビルの話も面白いんですが、それよりこのブログの管理人が出てきて弁明するそうですよ。 はじめに のところで立花隆さんと松岡正剛さんを『企画モノの蔵書家』とか無茶苦茶書いてたでしょう。その弁明だって」
□管理人「ブログの管理人です。あれでは意の通じないところがあろうかと思いまして・・・」
★関谷「謝りに来たのか!」
☆梅本「土下座しに来たのか!」
□管理人「私は個人的には立花さんも松岡さんも嫌いではないです。本を読ませてもらっても面白いし。ただ、蔵書家としての取り上げられ方をみると、やはりどうかなと思うところがある。
やっぱり、この人の本質はジャーナリストなんですね。だから本以外に情報源が多彩すぎて、本はその情報源の一つに過ぎない。それも主要なものではなくバックグラウンドを豊穣にするためのものというか・・・
それと書くものが、本の世界にどっぷりつかってあちこち漁りつくした末にたどり着いたテーマというより、脳死とかサル学とか、メディアの要請に応えて取材してみたという印象が強い。
さらにご本人は書評家でもあるので、『本について書いた本』では常にその時々のベストセラーを中心に紹介してるというか、『本当の好み』ないしは『執着する対象』が今一つ見えてこない。
私がある程度興味をもてる蔵書家って、その人間の癖が強烈に出てる人なんです。別に稀覯本のコレクターじゃなくてもいいんです。
昔はこんな本誰が買うんだろうと思ってた本を、その後知識が広がり興味がどんどん過疎地に導かれて、いつの間にかそれに大枚はたいてる自分がいる。変なところに辿り着いたなあという感慨を持ちつつ、たぶん他人からはなんでこんなもん買うんだろうと思われるようなものばかり買い続けてる。そういう感じのひと。
前頁で取り上げられてる草野さんの場合、収入の七割を本に使い、『本の隙間に住まわせてもらってる』と口にし、最後は本の谷間で横たわってるのが発見された。
これでは「本を読んだ人」ではなく「本に読まれた人」だと思われる方もいるかもしれない。例えば、岡田斗司夫が3万7千冊の本を処分して、千冊だけにした理由は、「本の奴隷になりたくない」という恐怖感でしょう? それを捨てずに、最後まで行っちゃったのが草野さんだと思うんですよ。
立花さんが巨大な蔵書を保持しながら、その奴隷にならず、自分をコントロールできているのは、多分いろいろなコツを持ってるためだと思います。例えば立花さんは「本は、読むものではなく(辞書みたいに)引くものだ」と言ってます。ジャーナリスト出身で大量の情報を処理するすべを学んでる立花さんはそういうコツを他にもたくさん持っているに違いない。
だからそういう人の情報整理は明晰で的確で、お書きになるものもやはりそういう風になってる。でも、そういう人の書くものは面白くないんですよ。整理されすぎちゃって。
情報ツールとして本を自在に使いこなした立花さんは「本を読んだ人」であり「本に読まれた人」ではない。でも興味の対象としてはやや劣るんです。一般人から見たら、立花さんは自分たちよりたくさんの本を買う金を持っていて、たくさんの本を読む時間を持っていて、自分たちにメディアおすすめの本を紹介してくれる人という風に見えてしまいます。「メディアが用意した」とまでいえば言い過ぎになりますが・・・
松岡正剛さんもこの人は大変博識なんだけど、千夜一夜ですか。もう千冊とっくに超えちゃってるけど。あれ全部読むってすごい馬力ですね。
ただその選択があまりにも80年代のニューアカブームを反映していて、なにかと似てるというか・・・ 戦後民主主義の全盛期に岩波文庫のおすすめみたいな特集があったでしょう。推薦人が丸山眞男とか中野良夫とか、今から見るとゲゲッていうようなメンツがゲゲッていうような本を薦めてたやつ。
松岡さんのセレクトはもちろんそれとは比べ物にならないんだけど、やっぱり今の出版界がおすすめしてる流行の・・・・ だから逆にそういうのを全部読破してゆくって、すごい馬力だなあと感心しちゃうんです。
立花さん同様に情報源が多様で、ご本人がある意味『本を超える人』であることだけでなく、立花さん同様、書評欄でおすすめの本ばかりを推薦されてるというか・・・
書かれたもので面白い本は多いし、好きか嫌いかといえば好きなんだけど、一方で小谷野敦が言ってるようなこともよく理解できるんですね。
ここは立花さんのコーナーなのでこれくらいにします。松岡さんを取り上げるときにまた寄せてもらいますよ。それでは失礼します」
☆梅本「今のはいったい何??」
★関谷「というか、あいつは謝ったのか??」
★梅本「最初面白いって言っといて、後で面白くないって・・・」
★関谷「それより、草野さんって一体誰だ??」
☆梅本「いったい何しに来たんでしょう??」
★関谷「立花さんといえば、やはりあのネコビル・・・ 『立花隆の書棚』は楽しい本だよ。ネコビル内部の写真がふんだんにある」
☆梅本「ネコビルの話も面白いんですが、それよりこのブログの管理人が出てきて弁明するそうですよ。 はじめに のところで立花隆さんと松岡正剛さんを『企画モノの蔵書家』とか無茶苦茶書いてたでしょう。その弁明だって」
□管理人「ブログの管理人です。あれでは意の通じないところがあろうかと思いまして・・・」
★関谷「謝りに来たのか!」
☆梅本「土下座しに来たのか!」
□管理人「私は個人的には立花さんも松岡さんも嫌いではないです。本を読ませてもらっても面白いし。ただ、蔵書家としての取り上げられ方をみると、やはりどうかなと思うところがある。
やっぱり、この人の本質はジャーナリストなんですね。だから本以外に情報源が多彩すぎて、本はその情報源の一つに過ぎない。それも主要なものではなくバックグラウンドを豊穣にするためのものというか・・・
それと書くものが、本の世界にどっぷりつかってあちこち漁りつくした末にたどり着いたテーマというより、脳死とかサル学とか、メディアの要請に応えて取材してみたという印象が強い。
さらにご本人は書評家でもあるので、『本について書いた本』では常にその時々のベストセラーを中心に紹介してるというか、『本当の好み』ないしは『執着する対象』が今一つ見えてこない。
私がある程度興味をもてる蔵書家って、その人間の癖が強烈に出てる人なんです。別に稀覯本のコレクターじゃなくてもいいんです。
昔はこんな本誰が買うんだろうと思ってた本を、その後知識が広がり興味がどんどん過疎地に導かれて、いつの間にかそれに大枚はたいてる自分がいる。変なところに辿り着いたなあという感慨を持ちつつ、たぶん他人からはなんでこんなもん買うんだろうと思われるようなものばかり買い続けてる。そういう感じのひと。
前頁で取り上げられてる草野さんの場合、収入の七割を本に使い、『本の隙間に住まわせてもらってる』と口にし、最後は本の谷間で横たわってるのが発見された。
これでは「本を読んだ人」ではなく「本に読まれた人」だと思われる方もいるかもしれない。例えば、岡田斗司夫が3万7千冊の本を処分して、千冊だけにした理由は、「本の奴隷になりたくない」という恐怖感でしょう? それを捨てずに、最後まで行っちゃったのが草野さんだと思うんですよ。
立花さんが巨大な蔵書を保持しながら、その奴隷にならず、自分をコントロールできているのは、多分いろいろなコツを持ってるためだと思います。例えば立花さんは「本は、読むものではなく(辞書みたいに)引くものだ」と言ってます。ジャーナリスト出身で大量の情報を処理するすべを学んでる立花さんはそういうコツを他にもたくさん持っているに違いない。
だからそういう人の情報整理は明晰で的確で、お書きになるものもやはりそういう風になってる。でも、そういう人の書くものは面白くないんですよ。整理されすぎちゃって。
情報ツールとして本を自在に使いこなした立花さんは「本を読んだ人」であり「本に読まれた人」ではない。でも興味の対象としてはやや劣るんです。一般人から見たら、立花さんは自分たちよりたくさんの本を買う金を持っていて、たくさんの本を読む時間を持っていて、自分たちにメディアおすすめの本を紹介してくれる人という風に見えてしまいます。「メディアが用意した」とまでいえば言い過ぎになりますが・・・
松岡正剛さんもこの人は大変博識なんだけど、千夜一夜ですか。もう千冊とっくに超えちゃってるけど。あれ全部読むってすごい馬力ですね。
ただその選択があまりにも80年代のニューアカブームを反映していて、なにかと似てるというか・・・ 戦後民主主義の全盛期に岩波文庫のおすすめみたいな特集があったでしょう。推薦人が丸山眞男とか中野良夫とか、今から見るとゲゲッていうようなメンツがゲゲッていうような本を薦めてたやつ。
松岡さんのセレクトはもちろんそれとは比べ物にならないんだけど、やっぱり今の出版界がおすすめしてる流行の・・・・ だから逆にそういうのを全部読破してゆくって、すごい馬力だなあと感心しちゃうんです。
立花さん同様に情報源が多様で、ご本人がある意味『本を超える人』であることだけでなく、立花さん同様、書評欄でおすすめの本ばかりを推薦されてるというか・・・
書かれたもので面白い本は多いし、好きか嫌いかといえば好きなんだけど、一方で小谷野敦が言ってるようなこともよく理解できるんですね。
ここは立花さんのコーナーなのでこれくらいにします。松岡さんを取り上げるときにまた寄せてもらいますよ。それでは失礼します」
☆梅本「今のはいったい何??」
★関谷「というか、あいつは謝ったのか??」
★梅本「最初面白いって言っといて、後で面白くないって・・・」
★関谷「それより、草野さんって一体誰だ??」
☆梅本「いったい何しに来たんでしょう??」
[109] 現代日本の蔵書家7 七万クラスのひとたち
☆梅本「七万クラスの蔵書家はお一人です。池田大作さんです。」
★関谷「ああ そうですか」
☆梅本「創立者池田大作先生は、創価教育の淵源となった創価学会初代会長・牧口常三郎先生、師事された第2代会長・戸田城聖先生のご遺志を受け継ぎ、生命尊厳の哲理を根底に、世界平和と人類社会の発展のために尽力されてきました。」
★関谷「はい」
☆梅本「歴史家アーノルド・トインビー博士、ノーベル化学賞・平和賞受賞者のライナス・ポーリング博士など、世界の著名な指導者・知識人との対話は1600回を超えています。」
★関谷「ああ そうですか」
☆梅本「それらは「対談集」としてまとめられ、日本語以外でも現在38言語960点が出版され、創立者が著された小説や詩集などを合わせると、世界中で出版された著作は1500点に及んでいます。これらの功績を讃え、世界の大学・学術機関等から230を超える名誉学術称号が創立者に贈られています。」
★関谷「ああ、そうですか」
☆梅本「『池田文庫』は、創立者が少年時代から読まれた本や、恩師・戸田城聖先生のもとで学んだ教材、激務の中にあっても日々深く研鑽を重ねた書籍を集めたものです。その設置は、1993年に開催された「第22回創価大学滝山祭記念フェスティバル」における創立者の記念講演で発表されました。『15歳のときから集めた本が約7万冊にのぼっている。それらの中には、戦時中、防空壕に入れて守ったため、かなり傷んでいるものもある。その7万冊の本を創価大学に寄贈したい。1冊1冊の本に、私にとって多くの思い出が込められている。どうか読書と研鑽に役立てていただければと思う』(1993年7月3日) この講演の後、4年間の整理期間を経て、1997年5月8日「池田文庫」として開設されました。 」
★関谷「はい」
☆梅本「この10年有余の間、多くの方にこの「池田文庫」は、親しまれてきました。「池田文庫」の内容は、哲学・歴史・政治・経済・芸術・文学などあらゆる分野に渡っています。創立者の思想と行動を学び、それを継承しゆく本学の学生並びに教職員にとって、創価大学の至宝であるこの「池田文庫」は、第二の草創期に入った本学において、ますますその価値を高め、人材輩出の宝庫として輝いていくに違いありません。 以上、創価大学ホームページから池田文庫に関して解説した部分を引用させていただきました」
★関谷「今日ご紹介した蔵書家の方はお一人でした」
★関谷「ああ そうですか」
☆梅本「創立者池田大作先生は、創価教育の淵源となった創価学会初代会長・牧口常三郎先生、師事された第2代会長・戸田城聖先生のご遺志を受け継ぎ、生命尊厳の哲理を根底に、世界平和と人類社会の発展のために尽力されてきました。」
★関谷「はい」
☆梅本「歴史家アーノルド・トインビー博士、ノーベル化学賞・平和賞受賞者のライナス・ポーリング博士など、世界の著名な指導者・知識人との対話は1600回を超えています。」
★関谷「ああ そうですか」
☆梅本「それらは「対談集」としてまとめられ、日本語以外でも現在38言語960点が出版され、創立者が著された小説や詩集などを合わせると、世界中で出版された著作は1500点に及んでいます。これらの功績を讃え、世界の大学・学術機関等から230を超える名誉学術称号が創立者に贈られています。」
★関谷「ああ、そうですか」
☆梅本「『池田文庫』は、創立者が少年時代から読まれた本や、恩師・戸田城聖先生のもとで学んだ教材、激務の中にあっても日々深く研鑽を重ねた書籍を集めたものです。その設置は、1993年に開催された「第22回創価大学滝山祭記念フェスティバル」における創立者の記念講演で発表されました。『15歳のときから集めた本が約7万冊にのぼっている。それらの中には、戦時中、防空壕に入れて守ったため、かなり傷んでいるものもある。その7万冊の本を創価大学に寄贈したい。1冊1冊の本に、私にとって多くの思い出が込められている。どうか読書と研鑽に役立てていただければと思う』(1993年7月3日) この講演の後、4年間の整理期間を経て、1997年5月8日「池田文庫」として開設されました。 」
★関谷「はい」
☆梅本「この10年有余の間、多くの方にこの「池田文庫」は、親しまれてきました。「池田文庫」の内容は、哲学・歴史・政治・経済・芸術・文学などあらゆる分野に渡っています。創立者の思想と行動を学び、それを継承しゆく本学の学生並びに教職員にとって、創価大学の至宝であるこの「池田文庫」は、第二の草創期に入った本学において、ますますその価値を高め、人材輩出の宝庫として輝いていくに違いありません。 以上、創価大学ホームページから池田文庫に関して解説した部分を引用させていただきました」
★関谷「今日ご紹介した蔵書家の方はお一人でした」
2018年12月19日水曜日
[108] 現代日本の蔵書家6 六万クラスのひとたち
☆梅本「今回は六万クラスのお三方です。ここらへんからほんと少なくなってきます」
★関谷「一人目は教育学者の板倉聖宣さんです。理系なんだねこの人。理系の人に蔵書家は少ないんだけどさ」
☆梅本「単に理系っていうより、もっと幅の広い人です。歴史関係に乗り出してきてそっちでも本書いてます。科学の啓蒙書は昔から評判いいですよ。堂々の6万冊です。でも今年亡くなりました」
★関谷「二人目は小説家の司馬遼太郎さんです。この人の本の買い方はもう伝説になってるね、彼が新作に取り組むたびに、神戸中の古本屋からそのテーマの本が一斉に消える」
☆梅本「司馬遼太郎記念館にはドドーっとすごい量の本が展示されてます」
★関谷「あそこにあるのは2万冊だけ。全体では6万。しかし本当の全貌は伺えない・・・ なぜなら司馬さんは本を書き終えると、またそれを売り払うタイプだったから。最も沢山の本を買ったのは司馬さんだったのでは?という見方もある」
☆梅本「ところであの記念館の本棚は安藤忠雄の設計だけど、本がやけるって、あの展示方法じゃ・・・ あいかわらず自分の美意識ばかり追求して顧客のこと考えてないですね安藤忠雄は。コシノジュンコさんの家も安藤忠雄の設計らしいんだけど先生『寒うてかなわん』だって。安藤さんは『あの人は暖房費をケチるんです』とか言って、醜い論争になってます」
★関谷「三人目は評論家の草森紳一さんです。マンションの一室の積み上げられた本の谷間で死体になって発見された人。」
☆梅本「今回紹介した六万クラスの三人は、みなさんホント海千山千ですね・・・・・」
★関谷「もともとは中国文学専攻だそうだけど、著書のテーマは漫画から建築・写真・江戸・ヒトラーと、もうなんでもこいだね。北海道に九メートルの塔のような書庫を建てて、そこに当面使う必要のない3万冊を置く。一方東京の2DKのマンションは4万冊の本で埋まっていた。死んだ時もどこにいるのか分からず、本の谷間で発見されたらしい」
☆梅本「実は草森さんは次の七万クラスで紹介する予定だったんです。遺作の『中国文化大革命の大宣伝』のあとがきに7万って書いてありましたから。でも東京の自宅の本は、ご本人は4万だと思い込んでたけど、死んだあと数えてみたら3万2千しかなかったんだって」
★関谷「今日ご紹介した蔵書家の方は3名です」
★関谷「一人目は教育学者の板倉聖宣さんです。理系なんだねこの人。理系の人に蔵書家は少ないんだけどさ」
☆梅本「単に理系っていうより、もっと幅の広い人です。歴史関係に乗り出してきてそっちでも本書いてます。科学の啓蒙書は昔から評判いいですよ。堂々の6万冊です。でも今年亡くなりました」
★関谷「二人目は小説家の司馬遼太郎さんです。この人の本の買い方はもう伝説になってるね、彼が新作に取り組むたびに、神戸中の古本屋からそのテーマの本が一斉に消える」
☆梅本「司馬遼太郎記念館にはドドーっとすごい量の本が展示されてます」
★関谷「あそこにあるのは2万冊だけ。全体では6万。しかし本当の全貌は伺えない・・・ なぜなら司馬さんは本を書き終えると、またそれを売り払うタイプだったから。最も沢山の本を買ったのは司馬さんだったのでは?という見方もある」
☆梅本「ところであの記念館の本棚は安藤忠雄の設計だけど、本がやけるって、あの展示方法じゃ・・・ あいかわらず自分の美意識ばかり追求して顧客のこと考えてないですね安藤忠雄は。コシノジュンコさんの家も安藤忠雄の設計らしいんだけど先生『寒うてかなわん』だって。安藤さんは『あの人は暖房費をケチるんです』とか言って、醜い論争になってます」
★関谷「三人目は評論家の草森紳一さんです。マンションの一室の積み上げられた本の谷間で死体になって発見された人。」
☆梅本「今回紹介した六万クラスの三人は、みなさんホント海千山千ですね・・・・・」
★関谷「もともとは中国文学専攻だそうだけど、著書のテーマは漫画から建築・写真・江戸・ヒトラーと、もうなんでもこいだね。北海道に九メートルの塔のような書庫を建てて、そこに当面使う必要のない3万冊を置く。一方東京の2DKのマンションは4万冊の本で埋まっていた。死んだ時もどこにいるのか分からず、本の谷間で発見されたらしい」
☆梅本「実は草森さんは次の七万クラスで紹介する予定だったんです。遺作の『中国文化大革命の大宣伝』のあとがきに7万って書いてありましたから。でも東京の自宅の本は、ご本人は4万だと思い込んでたけど、死んだあと数えてみたら3万2千しかなかったんだって」
★関谷「今日ご紹介した蔵書家の方は3名です」
[107] 現代日本の蔵書家5 五万クラスのひとたち
★漂流教室関谷「今日は5万クラスの蔵書家を紹介します」
☆純クレ梅本 「前に蔵書家は一万を越えるレベルになると、グッと人数が減るって言ったでしょう?」
★漂流教室関谷「はい」
☆純クレ梅本 「もう一つの壁が、この5万クラスなんです。ここからさらに数が減ってきます。」
★漂流教室関谷「今まで、一万クラスで紹介したのが34人、二万クラスで紹介したのが21人、三万クラスでは15人、四万クラスでは12人だったよね。」
☆純クレ梅本 「今日は4人です」
★漂流教室関谷「4人?」
☆純クレ梅本 「そんな寂しそうな顔しないでください」
★関谷「じゃあまず・・・植草甚一なんだけど、最後どれぐらいになったんだろう?」
☆梅本「4万冊とも言われてるし、5万に届いたとも・・・・・ はっきりしませんね。でもニューヨークで買い集めた洋書とか多いんでしょうね。この人ジャズのレコードもたくさん持っててそっちはタモリが引き取ってます。4000枚でしたっけ」
★関谷「ミステリ評論家、映画評論家、ジャズ評論家って色んな顔があるんだけど、なんなんだろうこの人」
☆梅本「どれでも一番にならなかったところが魅力なんじゃないんですか? ミステリ評論家としては知人の中島河太郎が最高権威でしょう? 映画評論でも、やはり友人だった淀川さんや双葉さんの方が批評家としてメインの存在になってる。ジャズ評論家としても油井正一の方が・・・ 油井さんは専業だからレコードは倍の8500枚持ってましたね。」
★関谷「雑学屋でもないし・・・海外文化紹介屋かな? しいて言うと、サブカルの元祖になるのかな? 本やレコード以外にグッズコレクターでもあって、そっちは系譜的に所ジョージあたりにつながる。
もともと日本のサブカルには二つの源流があって、一つは植草甚一から高平哲郎を経てタモリに流れる『宝島系』、もう一つは『ガロ系』で70年代初めにそこを乗っ取った赤瀬川源平が自分の弟子二人を編集長にして、前衛的な実験漫画誌をサブカル漫画誌に変えて・・・」
☆梅本「その赤瀬川さんも1万冊クラスで言及しましたね。今の文化人ってみんなサブカル系文化人ばかりになっちゃったけど80年代はじめがターニングポイントなのかしら? 」
★関谷「植草さんの本は大和小で漂流してた時よく読んだよ。直接原書にあたってるから、日本での一般的なあちらの文化の紹介と角度が変わってて、例えば映画評論家でもバザンとかじゃなしにディリス・パウエルとか、漫画でも小野耕世のアメコミ紹介なんかとは違ってて風刺系の本流を・・・」
☆梅本「さて、彼らとは本棚の内容は全然違うんでしょうが、国文学者の曽根博義が堂々の蔵書5万冊です。伊藤整なんかの研究やってた人。この人論文はあるんですけど、著作が見つからなくって。だからアマゾンリンクが作れません。次にフランス文学者の鹿島茂さんがやっぱり五万クラス。洋書中心で、しかもあちらの稀覯書が多いそうですよ。」
★関谷「この人はこれからも増えていくだろうね。やたら一般向けのエッセイや著書が多いのも稀覯本買うためって話だから。それにしても巴里を題材に一体いくつ本を書いてるんだ?」
☆梅本「最後は評論家の森本哲郎さん。自宅に五万冊あったんだけど、他にも二か所にあるっていうから実数はもっと多いと思います。キャスターとして活躍してたのは80年代だからもう知らない人も多いでしょう。あの森本毅のお兄さんなんです。だから兄弟でキャスター。でも今の若い人は久米宏と森本毅の視聴率戦争とか、誰も知らなかったりして」
★関谷「今回紹介した蔵書家の方は四名です。」
☆梅本「ここから上は全国的に名前が通った人ばかりなので、今までみたいに『それ誰?』って人はあまりいなくなりますね」
☆純クレ梅本 「前に蔵書家は一万を越えるレベルになると、グッと人数が減るって言ったでしょう?」
★漂流教室関谷「はい」
☆純クレ梅本 「もう一つの壁が、この5万クラスなんです。ここからさらに数が減ってきます。」
★漂流教室関谷「今まで、一万クラスで紹介したのが34人、二万クラスで紹介したのが21人、三万クラスでは15人、四万クラスでは12人だったよね。」
☆純クレ梅本 「今日は4人です」
★漂流教室関谷「4人?」
☆純クレ梅本 「そんな寂しそうな顔しないでください」
★関谷「じゃあまず・・・植草甚一なんだけど、最後どれぐらいになったんだろう?」
☆梅本「4万冊とも言われてるし、5万に届いたとも・・・・・ はっきりしませんね。でもニューヨークで買い集めた洋書とか多いんでしょうね。この人ジャズのレコードもたくさん持っててそっちはタモリが引き取ってます。4000枚でしたっけ」
★関谷「ミステリ評論家、映画評論家、ジャズ評論家って色んな顔があるんだけど、なんなんだろうこの人」
☆梅本「どれでも一番にならなかったところが魅力なんじゃないんですか? ミステリ評論家としては知人の中島河太郎が最高権威でしょう? 映画評論でも、やはり友人だった淀川さんや双葉さんの方が批評家としてメインの存在になってる。ジャズ評論家としても油井正一の方が・・・ 油井さんは専業だからレコードは倍の8500枚持ってましたね。」
★関谷「雑学屋でもないし・・・海外文化紹介屋かな? しいて言うと、サブカルの元祖になるのかな? 本やレコード以外にグッズコレクターでもあって、そっちは系譜的に所ジョージあたりにつながる。
もともと日本のサブカルには二つの源流があって、一つは植草甚一から高平哲郎を経てタモリに流れる『宝島系』、もう一つは『ガロ系』で70年代初めにそこを乗っ取った赤瀬川源平が自分の弟子二人を編集長にして、前衛的な実験漫画誌をサブカル漫画誌に変えて・・・」
☆梅本「その赤瀬川さんも1万冊クラスで言及しましたね。今の文化人ってみんなサブカル系文化人ばかりになっちゃったけど80年代はじめがターニングポイントなのかしら? 」
★関谷「植草さんの本は大和小で漂流してた時よく読んだよ。直接原書にあたってるから、日本での一般的なあちらの文化の紹介と角度が変わってて、例えば映画評論家でもバザンとかじゃなしにディリス・パウエルとか、漫画でも小野耕世のアメコミ紹介なんかとは違ってて風刺系の本流を・・・」
☆梅本「さて、彼らとは本棚の内容は全然違うんでしょうが、国文学者の曽根博義が堂々の蔵書5万冊です。伊藤整なんかの研究やってた人。この人論文はあるんですけど、著作が見つからなくって。だからアマゾンリンクが作れません。次にフランス文学者の鹿島茂さんがやっぱり五万クラス。洋書中心で、しかもあちらの稀覯書が多いそうですよ。」
★関谷「この人はこれからも増えていくだろうね。やたら一般向けのエッセイや著書が多いのも稀覯本買うためって話だから。それにしても巴里を題材に一体いくつ本を書いてるんだ?」
☆梅本「最後は評論家の森本哲郎さん。自宅に五万冊あったんだけど、他にも二か所にあるっていうから実数はもっと多いと思います。キャスターとして活躍してたのは80年代だからもう知らない人も多いでしょう。あの森本毅のお兄さんなんです。だから兄弟でキャスター。でも今の若い人は久米宏と森本毅の視聴率戦争とか、誰も知らなかったりして」
★関谷「今回紹介した蔵書家の方は四名です。」
☆梅本「ここから上は全国的に名前が通った人ばかりなので、今までみたいに『それ誰?』って人はあまりいなくなりますね」
[106] 現代日本の蔵書家4 四万クラスのひとたち
★漂流教室関谷「では今日は四万越えの蔵書家を。」
☆純クレ梅本 「まずゴージャスな書斎の写真が話題になった京極夏彦がおよそ4万冊。弁当箱みたいな分厚い小説書く人ですよね」
★関谷「文化人類学者の山口昌男が文庫として寄付したのもほぼ4万冊。趣味が多彩で高山宏に萩尾望都の漫画を土産に持ってきたりしてたってさ」
☆梅本「他に、久保覚という著述家が4万あったんじゃないかとか言われてますね。近代日本文学系では稲垣達郎さんも41,834点ありました。でも、それよか佐藤優が不気味なんです」
★関谷「佐藤優がどうしたって?」
☆梅本「『ぼくらの頭脳の鍛え方』という立花隆との対談本で『蔵書は1万5千冊 ひと月の書籍代は 約二十万』とか語ってますけど、これが2009年の出版なんです。それが2012年に出た『読書の技法』という本では4万冊あるって言ってるそうです。わずか三年でこの増え方は凄いですよね。それからさらに9年たってるので今はいくつになってるか分かりません。取り合えず最後に確認できるのが4万なのでここに置いときますが、将来もっと上に置く事になると思います。」
★関谷「こいつは速読の名人で、月平均300冊、多い月は500冊を読むとか言ってたからな・・・」
☆梅本「速読ってよく聞くけど、一体どんな人がやってるんだろうと思ってました。こうなると、愛書家とはもう全然違う世界の人ですよね」
★関谷「佐藤優は外務省の情報分析官だったから、膨大な情報を処理する習慣が・・・。」
☆梅本「せっかく欲しかった本を買って速読なんて味気ないですよねえ。でも忙しいビジネスマンとかはそうでもしないとたくさん本読めないのかな。
前にこのブログで平岩外四が3万冊集めたって管理人が書いてましたけど、死んだ時には4万2千冊を文庫に寄付してます。あれは平岩さんの著書からの情報で、そのあとまた増えてたんですね。財界を代表する読書家。読んできた膨大な本の中でベストは『孟子』と『韓非子』だそうです」
★関谷「戦後の財界人では、ずっとこの人の蔵書が一番多いって言われてたね・・・」
☆梅本「今はもうちょっと上がいるんです。日本マイクロソフトの成毛眞社長です。1万5千+別荘に3万冊。」
★関谷「人はこれくらい持ってると必ず蔵書をテーマに本を書きたがる。この人もそうだね。」
☆梅本「2000冊もないのにこういうブログを始める管理人にくらべたらまだましですよ」
★関谷「政治家で一番持ってたのは誰だろう」
☆梅本「前尾繁三郎がやっぱりこの4万冊クラスなんです。」
★関谷「誰?」
☆梅本「大蔵OBで、宏池会の領袖も務めた大物じゃないですか。この派閥からは前任の池田勇人が総理になってるし、後任も大平・鈴木・宮沢と三代続いて首相ですよ。まかり間違えば自分も総理になりかねなかった人。一部で3万5千冊っていう違う情報もありますけど、亡くなるときには4万くらいになってたらしいです。国会にある本屋から毎月出る本を全部買い入れてたそうです」
★関谷「井上ひさしみたいなことする人がほかにもいたんだね」
☆梅本「あとトンデモライターの志水一夫が、4万3千あったそうです。こういう人の蔵書内容が案外面白そうですね」
★関谷「神田では蔵書家として名高かった高見順もこのくらいじゃなかった?」
☆梅本「作家の高見順さんは49,081点を文庫へ寄付しています。でも原稿・草稿、諸家書簡、遺品が混じってるんです。原稿・草稿類が400点、書簡が48通、諸家書簡が5000通っていいますから、本だけだと4万3千ぐらいはあるようですね。」
★梅本「今日ご紹介する最後の人は滑川道夫さんで、文庫に44,060点を寄付されてます。」
☆関谷「誰だそれは? ドラえもんのスネ夫の親戚か?」
★梅本「骨川じゃありません。滑川(なめりかわ)です。児童文学の研究家です。私もこの人は知りませんでした。ほとんどが昔の児童文学のコレクションで、「穎才新誌」「今世少年」「少年世界」「童話時代」などの児童雑誌、巖谷小波の初版本やちりめん本・・・ もう手に入らない貴重なものが多いみたい。本と雑誌はそのうち4万2千冊だそうです」
★関谷「では、次回からいよいよ5万越えの人を」
☆梅本「蔵書家も5万越えると大変なものですね。江戸時代なら屋代弘賢クラスで一般個人では最大級ですから」
☆関谷「今日ご紹介した蔵書家は12名でした。漂流教室関谷と」
☆梅本「純情クレイジーフルーツ梅本がおおくりしました」
☆純クレ梅本 「まずゴージャスな書斎の写真が話題になった京極夏彦がおよそ4万冊。弁当箱みたいな分厚い小説書く人ですよね」
★関谷「文化人類学者の山口昌男が文庫として寄付したのもほぼ4万冊。趣味が多彩で高山宏に萩尾望都の漫画を土産に持ってきたりしてたってさ」
☆梅本「他に、久保覚という著述家が4万あったんじゃないかとか言われてますね。近代日本文学系では稲垣達郎さんも41,834点ありました。でも、それよか佐藤優が不気味なんです」
★関谷「佐藤優がどうしたって?」
☆梅本「『ぼくらの頭脳の鍛え方』という立花隆との対談本で『蔵書は1万5千冊 ひと月の書籍代は 約二十万』とか語ってますけど、これが2009年の出版なんです。それが2012年に出た『読書の技法』という本では4万冊あるって言ってるそうです。わずか三年でこの増え方は凄いですよね。それからさらに9年たってるので今はいくつになってるか分かりません。取り合えず最後に確認できるのが4万なのでここに置いときますが、将来もっと上に置く事になると思います。」
★関谷「こいつは速読の名人で、月平均300冊、多い月は500冊を読むとか言ってたからな・・・」
☆梅本「速読ってよく聞くけど、一体どんな人がやってるんだろうと思ってました。こうなると、愛書家とはもう全然違う世界の人ですよね」
★関谷「佐藤優は外務省の情報分析官だったから、膨大な情報を処理する習慣が・・・。」
☆梅本「せっかく欲しかった本を買って速読なんて味気ないですよねえ。でも忙しいビジネスマンとかはそうでもしないとたくさん本読めないのかな。
前にこのブログで平岩外四が3万冊集めたって管理人が書いてましたけど、死んだ時には4万2千冊を文庫に寄付してます。あれは平岩さんの著書からの情報で、そのあとまた増えてたんですね。財界を代表する読書家。読んできた膨大な本の中でベストは『孟子』と『韓非子』だそうです」
★関谷「戦後の財界人では、ずっとこの人の蔵書が一番多いって言われてたね・・・」
☆梅本「今はもうちょっと上がいるんです。日本マイクロソフトの成毛眞社長です。1万5千+別荘に3万冊。」
★関谷「人はこれくらい持ってると必ず蔵書をテーマに本を書きたがる。この人もそうだね。」
☆梅本「2000冊もないのにこういうブログを始める管理人にくらべたらまだましですよ」
★関谷「政治家で一番持ってたのは誰だろう」
☆梅本「前尾繁三郎がやっぱりこの4万冊クラスなんです。」
★関谷「誰?」
☆梅本「大蔵OBで、宏池会の領袖も務めた大物じゃないですか。この派閥からは前任の池田勇人が総理になってるし、後任も大平・鈴木・宮沢と三代続いて首相ですよ。まかり間違えば自分も総理になりかねなかった人。一部で3万5千冊っていう違う情報もありますけど、亡くなるときには4万くらいになってたらしいです。国会にある本屋から毎月出る本を全部買い入れてたそうです」
★関谷「井上ひさしみたいなことする人がほかにもいたんだね」
☆梅本「あとトンデモライターの志水一夫が、4万3千あったそうです。こういう人の蔵書内容が案外面白そうですね」
★関谷「神田では蔵書家として名高かった高見順もこのくらいじゃなかった?」
☆梅本「作家の高見順さんは49,081点を文庫へ寄付しています。でも原稿・草稿、諸家書簡、遺品が混じってるんです。原稿・草稿類が400点、書簡が48通、諸家書簡が5000通っていいますから、本だけだと4万3千ぐらいはあるようですね。」
★梅本「今日ご紹介する最後の人は滑川道夫さんで、文庫に44,060点を寄付されてます。」
☆関谷「誰だそれは? ドラえもんのスネ夫の親戚か?」
★梅本「骨川じゃありません。滑川(なめりかわ)です。児童文学の研究家です。私もこの人は知りませんでした。ほとんどが昔の児童文学のコレクションで、「穎才新誌」「今世少年」「少年世界」「童話時代」などの児童雑誌、巖谷小波の初版本やちりめん本・・・ もう手に入らない貴重なものが多いみたい。本と雑誌はそのうち4万2千冊だそうです」
★関谷「では、次回からいよいよ5万越えの人を」
☆梅本「蔵書家も5万越えると大変なものですね。江戸時代なら屋代弘賢クラスで一般個人では最大級ですから」
☆関谷「今日ご紹介した蔵書家は12名でした。漂流教室関谷と」
☆梅本「純情クレイジーフルーツ梅本がおおくりしました」
2018年12月13日木曜日
[105] 現代日本の蔵書家3 三万クラスのひとたち
☆梅本「今日は3万越えの人を紹介していきます」
★関谷「ここらあたりからちょっとヘビーになってくるね」
☆梅本「まずライターの岡崎武志さん。『蔵書の苦しみ』をはじめとする古書関連の著書が多いだけにさすがの3万冊。それと前前回触れた森繁久彌さんの書庫がやっぱりそれぐらいあります。芸能人では最大かな? あと政治家の佐川一信ってひとがやっぱり3万冊」
★関谷「蔵書3万冊クラスで一番蔵書家らしい人は由良君美じゃないのかな? 幻想文学の専門家だし、稀覯本の収集家として名高かった。」
☆梅本「評論家の紀田順一郎も蔵書家としては有名ですよ。『蔵書一代』って本書いてます。やはり所蔵数は3万ほどでした。」
★関谷「でも3万クラスで一番有名な蔵書家は、なんてったって松本清張だろ。日本における本格推理小説の元祖の江戸川乱歩が2万なのに対して、変格推理小説の代表格である松本清張は3万冊。しかも清張は執筆のために大量の資料を買い込んで、執筆が終わったらそれを処分するタイプだった。それで書庫に3万も残るって凄いよな・・・ 処分しなかったらどれぐらいになってたか」
☆梅本「作家といえば、舟橋聖一記念館に、図書17500と総合・文芸・婦人雑誌など8400冊、それと大正末期から戦後までの文芸同人誌5200冊が保存されてます。しめて31100冊ですが、記念館側は37500冊と謳ってます。でもこれは舟橋聖一に関係する本とか原稿やスクラップ張も加えた数なので、本人の蔵書自体は3万1千冊ちょいですね。」
★関谷「ライバルの丹羽文雄はどれぐらい?」
☆梅本「ちょっと今は分かりません。分かったらまた追加します。先を続けますが、中国の対外関係史の権威の榎一雄さんも貴重な資料を多くお持ちでした。3万冊を東洋文庫に寄付されています。」
★関谷「この人は自身が東洋文庫の文庫長を務めてたんだよね。ここはモリソンや和田維四郎ほか色んな人の蔵書が入ってる」
☆梅本「石田幹之助以来、稀覯本の巣窟の東洋文庫へ自分の蔵書を寄付できる自信が凄いですね。理事長だから東洋文庫の内容は熟知してるはずなのに。」
★関谷「今日も紹介する人が多いのでどんどん続けてください」
☆梅本「近世文学が専門の中村幸彦さんも文庫に寄付してるんですが、内容は和漢の古書が15500冊、現代書(和・洋・中)が17500で計3万3千。該博な知識で知られた人だけにかなりの数です。質も高く天下の孤本とされる南宋版『尚書註疏』もあったそうです。科学史家の吉田光邦も同じぐらいの量です。まず図書が29000、雑誌パンフレット4000を加えて、計3万3千冊。
国文学の和田茂樹がそれよかちょっと多くて3万5千冊。」
★関谷「和田茂樹? 聞いたような名前だな。」
☆梅本「確かにどこかで聞いたような感じの名前だけど、多分ご存じない人だと思います。愛媛大の教授で愛媛県の郷土史的な研究が多い人だから。いわゆる地方名士です。それよかテレビでよくみる三枝成章さんが3万5千冊あるって。それと岡田斗司夫の最盛期は3万7千冊あったけど、処分して1000冊だけ残したってそういう話もありますよ。」
★関谷「あの人は基本的にダイエットの好きな人だったんだね」
☆梅本「『本の奴隷になりたくない』って言ってたそうです。分かるような気もしますね。」
★関谷「さっき触れた紀田純一郎も、3万冊を処分して600冊だけにしたそうだな」
☆梅本「本棚にして二つか三つといったところですね。これならもう普通の人の蔵書と変わりません・・・ これぐらいの蔵書が実は一番幸せだったりして」
★関谷「それはわからない。人それぞれだろう」
☆梅本「で、この三万クラスで一番問題になる蔵書家はやはり・・・」
★関谷「そう、丸山眞男」
☆梅本「一部でおおざっぱに3万冊って言われてたけど、東京女子大に寄付された丸山眞男文庫の内容は約18,000冊の図書と18,000冊の雑誌で計3万6千冊。」
★関谷「丸山眞男で凄いのは、 バーチャル書庫 の存在だね。家の間取り図から、どこにどんな本があったかまで、生前の丸山の書斎の様子が再現されてる」
☆梅本「書斎というより玄関先から応接間に至るまで本棚がある特殊な家ですね。家じゅう本だらけ。これは家族が嫌がるわ」
★関谷「戦後を代表する政治学者の蔵書内容までわかるので大変参考になる。丸山が亡くなったときのNHKの追悼番組で、書斎に入った弟子の学者が「大変価値のあるものとそうでないものと半々ですね」とか言ってたけど、確かに結構あたりまえのものが多い。鴎外の蔵書もそうだったというが・・・」
☆梅本「それと、昔からあの人の本を読んでいて感じてたんですけど、丸山さんの知的フィールドには密教関係がすっぽり抜けてるというか、死後発売された四巻セットの日本思想史の講義録でも、仏教面ではいきなり古代から鎌倉仏教に飛んじゃうでしょう。台密や東密は政治的にも思想的にも日本仏教の最要所なのに。そうしたら、じっさいに本棚をみても密教関係のものが・・・」
★関谷「他にくらべてかなり弱いな。ただ学者の仕事場は研究室なのでそっちの蔵書もみてみないと・・・ それと東京女子大に寄付した以外にもあったはずだし」
☆梅本「一つ微笑ましいのは、あの丸山さんがクラシックの名盤指南の本に宇野功芳本を使ってたことですね!」
★関谷「ところで羽仁五郎って在野の歴史家がいたろう? あれも三万ぐらいじゃなかったかい?」
☆梅本「あ 羽仁夫妻を忘れてました。羽仁五郎と説子の共同蔵書が、6517冊の和書と6660冊の洋書と6953冊の雑誌で、しめて2万120冊です。これは文庫に寄付されてますね。それプラス、羽仁五郎単独でも別に文庫に寄付してて、こちらは和書2584冊、洋書1143冊 雑誌6343冊で計9770冊。3万にはちょっと足りないんですが、たぶん持ってる本全部寄付したわけでもなし、100冊足りないぐらいならここに置いてもいいでしょう。他に非図書資料も1万5645あることだし。」
★関谷「この夫婦は研究機関の蔵書を利用しにくかったので、自分達でここまで資料を貯め込まなきゃならかったんだろう。二人の間にできた息子は映画監督の羽仁進だっけ?」
☆梅本「この家へ左幸子さんが嫁いだんだけど、姑と舅にいびり出されたんだって。夫である羽仁進まで向こうの味方になったって。子供も向こうに取られたって左さんテレビで言ってました。」
★関谷「女優さんがゴリゴリのマルクス主義者の家に嫁ぐもんじゃないよな。在野で学者やってる変わり者の蔵書家夫婦と大体そりが合うはずないだろ」
☆梅本「それより息子があっちに寝返ったのが許せませんね。」
★関谷「羽仁進といえばATGの『初恋地獄変』だが、あの映画での『俊ちゃん、女房出かけたよ』というのは日本映画史上で最も恐ろしいセリフだな。今もたまに夢でうなされるよ・・・」
★関谷「さて、今日最後の人は誰かな?」
☆梅本「向坂逸郎さんです。日本語書籍21390冊、外国語書籍9881冊、邦雑誌3393、洋雑誌591。しめて35255冊。」
★関谷「この人はやっぱり資本論だね。日本の左翼はみんなこの人の訳で資本論を読んだ。」
☆梅本「私も正直ここまでの蔵書家だとは知りませんでした。特にマルクス主義文献の蒐集では旧ソ連のマルクス・レーニン主義研究所の人が驚くほどだったそうです。」
★関谷「wikiを読むと、保守系の谷沢永一や渡部昇一ですら『マルクス主義文献の収集家としてはトップクラス』だと見てたらしい」
☆梅本「でも同じくwikiには、東郷健との対談で『ソヴィエト社会主義社会になればお前の病気(オカマ)は治ってしまう』『こんな変な人間連れて来るならもう小学館の取材には一切応じない』とか言って、怒った東郷健は席を立ったって! 今こんなこと言ったらえらいことですよ。あっはっは 」
★関谷「マルクスの日本語訳には名訳が多くて、城塚登の「経哲草稿」とか前回触れた古在由重の「ドイツイデオロギー」は今読んでもたいしたもんだ。とりわけ、この人の訳した岩波文庫の資本論は素晴らしい。それにはこういう膨大な資料がバックボーンとして存在していたんだな」
☆梅本「一昔前の日本のマルクス主義研究者の層の厚さはちょっと異常でしたもんね」
★関谷「俺は今の若い奴らに言ってやりたいね。お前らマルクスなんて鼻で笑ってるんだろうが、「経済学・哲学草稿」から「神聖家族」と「フォイエルバッハテーゼ」を経て、「ドイツイデオロギー」に至る初期のマルクスの、類的存在論から史的唯物論へ展開してゆく思想的発展に一体触れたことがあるのかと・・・ そりゃ、あってるか間違ってるかと問われれば、間違ってるんだろうけど・・・」
☆梅本「今日、ご紹介した蔵書家の方は15名でした。」
★関谷「ここらあたりからちょっとヘビーになってくるね」
☆梅本「まずライターの岡崎武志さん。『蔵書の苦しみ』をはじめとする古書関連の著書が多いだけにさすがの3万冊。それと前前回触れた森繁久彌さんの書庫がやっぱりそれぐらいあります。芸能人では最大かな? あと政治家の佐川一信ってひとがやっぱり3万冊」
★関谷「蔵書3万冊クラスで一番蔵書家らしい人は由良君美じゃないのかな? 幻想文学の専門家だし、稀覯本の収集家として名高かった。」
☆梅本「評論家の紀田順一郎も蔵書家としては有名ですよ。『蔵書一代』って本書いてます。やはり所蔵数は3万ほどでした。」
★関谷「でも3万クラスで一番有名な蔵書家は、なんてったって松本清張だろ。日本における本格推理小説の元祖の江戸川乱歩が2万なのに対して、変格推理小説の代表格である松本清張は3万冊。しかも清張は執筆のために大量の資料を買い込んで、執筆が終わったらそれを処分するタイプだった。それで書庫に3万も残るって凄いよな・・・ 処分しなかったらどれぐらいになってたか」
☆梅本「作家といえば、舟橋聖一記念館に、図書17500と総合・文芸・婦人雑誌など8400冊、それと大正末期から戦後までの文芸同人誌5200冊が保存されてます。しめて31100冊ですが、記念館側は37500冊と謳ってます。でもこれは舟橋聖一に関係する本とか原稿やスクラップ張も加えた数なので、本人の蔵書自体は3万1千冊ちょいですね。」
★関谷「ライバルの丹羽文雄はどれぐらい?」
☆梅本「ちょっと今は分かりません。分かったらまた追加します。先を続けますが、中国の対外関係史の権威の榎一雄さんも貴重な資料を多くお持ちでした。3万冊を東洋文庫に寄付されています。」
★関谷「この人は自身が東洋文庫の文庫長を務めてたんだよね。ここはモリソンや和田維四郎ほか色んな人の蔵書が入ってる」
☆梅本「石田幹之助以来、稀覯本の巣窟の東洋文庫へ自分の蔵書を寄付できる自信が凄いですね。理事長だから東洋文庫の内容は熟知してるはずなのに。」
★関谷「今日も紹介する人が多いのでどんどん続けてください」
☆梅本「近世文学が専門の中村幸彦さんも文庫に寄付してるんですが、内容は和漢の古書が15500冊、現代書(和・洋・中)が17500で計3万3千。該博な知識で知られた人だけにかなりの数です。質も高く天下の孤本とされる南宋版『尚書註疏』もあったそうです。科学史家の吉田光邦も同じぐらいの量です。まず図書が29000、雑誌パンフレット4000を加えて、計3万3千冊。
国文学の和田茂樹がそれよかちょっと多くて3万5千冊。」
★関谷「和田茂樹? 聞いたような名前だな。」
☆梅本「確かにどこかで聞いたような感じの名前だけど、多分ご存じない人だと思います。愛媛大の教授で愛媛県の郷土史的な研究が多い人だから。いわゆる地方名士です。それよかテレビでよくみる三枝成章さんが3万5千冊あるって。それと岡田斗司夫の最盛期は3万7千冊あったけど、処分して1000冊だけ残したってそういう話もありますよ。」
★関谷「あの人は基本的にダイエットの好きな人だったんだね」
☆梅本「『本の奴隷になりたくない』って言ってたそうです。分かるような気もしますね。」
★関谷「さっき触れた紀田純一郎も、3万冊を処分して600冊だけにしたそうだな」
☆梅本「本棚にして二つか三つといったところですね。これならもう普通の人の蔵書と変わりません・・・ これぐらいの蔵書が実は一番幸せだったりして」
★関谷「それはわからない。人それぞれだろう」
☆梅本「で、この三万クラスで一番問題になる蔵書家はやはり・・・」
★関谷「そう、丸山眞男」
☆梅本「一部でおおざっぱに3万冊って言われてたけど、東京女子大に寄付された丸山眞男文庫の内容は約18,000冊の図書と18,000冊の雑誌で計3万6千冊。」
★関谷「丸山眞男で凄いのは、 バーチャル書庫 の存在だね。家の間取り図から、どこにどんな本があったかまで、生前の丸山の書斎の様子が再現されてる」
☆梅本「書斎というより玄関先から応接間に至るまで本棚がある特殊な家ですね。家じゅう本だらけ。これは家族が嫌がるわ」
★関谷「戦後を代表する政治学者の蔵書内容までわかるので大変参考になる。丸山が亡くなったときのNHKの追悼番組で、書斎に入った弟子の学者が「大変価値のあるものとそうでないものと半々ですね」とか言ってたけど、確かに結構あたりまえのものが多い。鴎外の蔵書もそうだったというが・・・」
☆梅本「それと、昔からあの人の本を読んでいて感じてたんですけど、丸山さんの知的フィールドには密教関係がすっぽり抜けてるというか、死後発売された四巻セットの日本思想史の講義録でも、仏教面ではいきなり古代から鎌倉仏教に飛んじゃうでしょう。台密や東密は政治的にも思想的にも日本仏教の最要所なのに。そうしたら、じっさいに本棚をみても密教関係のものが・・・」
★関谷「他にくらべてかなり弱いな。ただ学者の仕事場は研究室なのでそっちの蔵書もみてみないと・・・ それと東京女子大に寄付した以外にもあったはずだし」
☆梅本「一つ微笑ましいのは、あの丸山さんがクラシックの名盤指南の本に宇野功芳本を使ってたことですね!」
★関谷「ところで羽仁五郎って在野の歴史家がいたろう? あれも三万ぐらいじゃなかったかい?」
☆梅本「あ 羽仁夫妻を忘れてました。羽仁五郎と説子の共同蔵書が、6517冊の和書と6660冊の洋書と6953冊の雑誌で、しめて2万120冊です。これは文庫に寄付されてますね。それプラス、羽仁五郎単独でも別に文庫に寄付してて、こちらは和書2584冊、洋書1143冊 雑誌6343冊で計9770冊。3万にはちょっと足りないんですが、たぶん持ってる本全部寄付したわけでもなし、100冊足りないぐらいならここに置いてもいいでしょう。他に非図書資料も1万5645あることだし。」
★関谷「この夫婦は研究機関の蔵書を利用しにくかったので、自分達でここまで資料を貯め込まなきゃならかったんだろう。二人の間にできた息子は映画監督の羽仁進だっけ?」
☆梅本「この家へ左幸子さんが嫁いだんだけど、姑と舅にいびり出されたんだって。夫である羽仁進まで向こうの味方になったって。子供も向こうに取られたって左さんテレビで言ってました。」
★関谷「女優さんがゴリゴリのマルクス主義者の家に嫁ぐもんじゃないよな。在野で学者やってる変わり者の蔵書家夫婦と大体そりが合うはずないだろ」
☆梅本「それより息子があっちに寝返ったのが許せませんね。」
★関谷「羽仁進といえばATGの『初恋地獄変』だが、あの映画での『俊ちゃん、女房出かけたよ』というのは日本映画史上で最も恐ろしいセリフだな。今もたまに夢でうなされるよ・・・」
★関谷「さて、今日最後の人は誰かな?」
☆梅本「向坂逸郎さんです。日本語書籍21390冊、外国語書籍9881冊、邦雑誌3393、洋雑誌591。しめて35255冊。」
★関谷「この人はやっぱり資本論だね。日本の左翼はみんなこの人の訳で資本論を読んだ。」
☆梅本「私も正直ここまでの蔵書家だとは知りませんでした。特にマルクス主義文献の蒐集では旧ソ連のマルクス・レーニン主義研究所の人が驚くほどだったそうです。」
★関谷「wikiを読むと、保守系の谷沢永一や渡部昇一ですら『マルクス主義文献の収集家としてはトップクラス』だと見てたらしい」
☆梅本「でも同じくwikiには、東郷健との対談で『ソヴィエト社会主義社会になればお前の病気(オカマ)は治ってしまう』『こんな変な人間連れて来るならもう小学館の取材には一切応じない』とか言って、怒った東郷健は席を立ったって! 今こんなこと言ったらえらいことですよ。あっはっは 」
★関谷「マルクスの日本語訳には名訳が多くて、城塚登の「経哲草稿」とか前回触れた古在由重の「ドイツイデオロギー」は今読んでもたいしたもんだ。とりわけ、この人の訳した岩波文庫の資本論は素晴らしい。それにはこういう膨大な資料がバックボーンとして存在していたんだな」
☆梅本「一昔前の日本のマルクス主義研究者の層の厚さはちょっと異常でしたもんね」
★関谷「俺は今の若い奴らに言ってやりたいね。お前らマルクスなんて鼻で笑ってるんだろうが、「経済学・哲学草稿」から「神聖家族」と「フォイエルバッハテーゼ」を経て、「ドイツイデオロギー」に至る初期のマルクスの、類的存在論から史的唯物論へ展開してゆく思想的発展に一体触れたことがあるのかと・・・ そりゃ、あってるか間違ってるかと問われれば、間違ってるんだろうけど・・・」
☆梅本「今日、ご紹介した蔵書家の方は15名でした。」
登録:
投稿 (Atom)